ふたたび 師走のこと
1日(火)やっとのことで喪中の葉書220枚を投函した。例年だったらまだ年賀状には取り掛かっていない。
だから早々と年末の大仕事を片づけてほっとした気分。あとは特にお世話になった方への封書のご挨拶状があるけれどこれは40枚ほど。いつになったらやることやら、まあこうなったらのんびりといこうと思っている。
このあいだシホコさんから「今までに読んだなかで、一番面白かった」と聞いた“フォルティッシモな豚飼い”という本を、本屋で探すのは面倒だと思って、ネットで注文しておいたのがセブンイレブンに入ったとメールが来た。
このことがあったので、本を読みだす前に、葉書発送の大仕事を片づけておきたかったのだ。
わくわくしながら本を受け取ってきて、1ページ読んだけれど、これにはまってしまったら何も出来なくなりそうで夜のお楽しみとすることにした。
今日の晩ごはんは、お好み焼きが食べたくなって、冷蔵庫のあり合わせで、くちゃくちゃと作ったら、意外な美味しさ。
でも例によって作りすぎたので、明日もう一度のノルマとして残ってしまった。一人暮らしってテクニックが要ること!
2日(水)うっかりしていたら、夕べから携帯にメールがたくさん入っている。その中にとっても嬉しいメールがあった。
私には自慢ながら30代のお友達が3人居る。3年前に一緒にネパールに行ってくださった、企業のバレーボールの選手をしているコノミ、ノン、イクだ。
メールはコノミさんからで、久しぶりにうっちぃ(私のこと)のところに行こうと、相談がまとまったので、と都合のお問い合わせだった。嬉しくて踊りたくなった。
若者が大好きな私は、嫌われないようにしながら、ぶら下がってしがみついて行こうと思ってしまう。
だから、今朝も月に1回来る果物やのお兄ちゃんから、(果物が溢れているのになあ、と思いながらも)、渋抜きの大きな柿を1個(1個というところが泣ける)買って、たった1個しか買わないのに、有難うございます、と最敬礼した彼に、頑張ってね、とエールを送ってしまったのだ。
嬉しいメールが入ったので、午後になって美容院に行く。
美容院の女性週刊誌の占いのページを見たら、12月の私の運勢は上々で、2年間の課題が終結して、明るい未来が開ける、と書いてあって、当たってる!と嬉しくなった。
朝から浮かれ気分でいて、旦那の写真と目があったら、なんだか目の奥で睨んでいるように思われた。
「あなた、柿が好きでしょ?こんなに立派な柿をお供えしてあげたんだから、私がはしゃいでいても勘弁して」、と言って、ついでにコーヒーもいれてあげた。
今夜は具たくさんのお味噌汁、野菜と生揚げの煮物、たらこと海老の焼いたの、それに納豆ごはん。
わ〜、御馳走だ、と ひとりで感激。
3日(木)朝から雨が降り続く。寒い雨で思わず体に力が入ってしまう。だから、今日はどことなく頭の重い日だ。
こういう日はなにもしないに限る。朝から次々と掛かってくる電話が、みんな懐かしいお友達からなので嬉しい。
名古屋のミチコさんと思わず長話になる。名古屋出身で学生寮に入っていた彼女の部屋に遊びに行ったことなどが走馬灯のように頭を巡った。
お豆腐1丁をまるまる食べさせられたっけ。若い頃は私お豆腐が嫌いだったんだ。
お互い若かったわねえ、と感無量。はちゃめちゃなあの当時のことを思うと、今の若者のことを批判は出来ないわ。
夕方になって、マチコさんから柚子の第2便が配達されてきた。
メールでもう無くなったよぅ、と催促したら直ちに届いて恐縮至極。
でも今夜も柚子のお風呂に入れると思うとウハウハ。
ご近所のDさんからたってのご希望があった、旦那のお友達であるヒラサワさん撮影の南極のカレンダーが着いたので、早速お届けに参上した。
下さった方からも差し上げた方からも、お礼を言われる。私は中継ぎをしただけなのに…。
4日(金)今朝はからりと晴れた。今日あたりに茅ヶ崎に行こうと思っていたけれど、洗濯に時間を取られているうちに遅くなってしまい断念する。整骨院の帰りに自由が丘の町を一回りして、郵便局に行ったりして、歩き回ったおかげで足が痛くなり、今日の治療は無駄になってしまったけれど、残っていたご挨拶状をほぼ書き終えて、ほっとする。
今日も久しくお会いしていない方々からのメッセージが、葉書や電話でたくさん届いたけれど、まとめてあった昨日からの、おたよりのうちの一枚の葉書を読んで愕然とした。高校に勤めていた頃の同僚だったケイコさんが、夫と一日違いで亡くなったというご主人からのお知らせだった。詳細が分からないまま、ショックが隠せない状態でいたけれど、夜のエイコさんからの電話で、膠原病だったと初めて知った。
最後に会ったのは、旦那の看病中に急ぎ足で渋谷に買い物に行った時、東館から西館への通路をご主人と歩いていらして、立ち話もあわただしく別れてしまった時だったと思いだす。
今夜はなんだかとっても淋しい気持ち。優しくまじめな日本史の先生だった彼女が、日本の将来を憂いていたのは、もう20年以上前だったけれど、この国の現在は彼女が予言していた通りになりつつある。思想的にうちの旦那と相通じるところのある人だと、密に思いながら、そのことを口にしないまま、二人とも逝ってしまった。まだ早すぎるのに……。
5日(土)父のお墓参りを兼ねて…というか口実にして、一族郎党が食事会をやるという。勿論出席。
兄夫婦の結婚50年のお祝いも兼ねるというから、姪のマキちゃんにお祝いどうしよう、とメールしたら、おめでとう!と言っておけばいいのよ、という。そんならことは簡単だ。素直に言う通りにする。
でも結果としては、ミノとヨウコさんがうちの分も用意してくれたので、便乗することにした。
お墓参りを済ませてから馬車道の「木曽路」で食事をしたあと、隣の昔懐かしい「相生」でコーヒータイムを過ごして、藤沢に帰る兄夫婦と、右と左に別れて散会した。雨のヨコハマは魅力的。港がしっとりと靄っていて幻想的な郷愁を感じさせてくれた。以前は桜木町まで散歩して、ローカルな東横線に乗って情緒の余韻を引きずりながら家に帰ったのに、今は車で30分の距離。おまけに息子の運転は飛ばす、とばす……。あっという間に第3京浜を通りぬけて、家に着いてしまった。
今夜はお昼にたっぷりと食べたので、インスタントのお汁粉を食べて、気の変わらないうちに歯を磨いておしまいにした。
6日(日)どうしたことか、現実離れのした夢ばかり見ている。夕べはしかも2本立て。
一番目は、旦那の主治医のY先生と墓地の中をデートしている。「先生のご出身はどちら?」「一里塚です」
「え?どこの一里塚ですか?」「お墓の…」
もう一つは学校の大きな体育館の中で、コーラスが待機している。
でも、なぜか二つのグループに分かれてしまっていて、どうしてもそれが一緒にならず、どうやってこの二つのかたまりを纏めようかと四苦八苦している。
でも目を覚ました時に、何故かいい夢を見たと思ってしまったのだけれど、これも、どうやら夢の中だったらしい。
我ながら少々精神状態に危惧を感じてしまうような……。
今日も何通もの電話がかかってきた。中でも旦那と同じような癌を病んでいらっしゃる方で、旦那が亡くなったのに大きなショックを抱かれたという方があって、お出ししなければよかったと後悔した。今日はお天気がよく茅ヶ崎日和だったけれど、電話がたくさん掛かってくるので、いかないでよかった。

7日(月)朝整骨院通いを始めてから、今まで知らなかったこの町の風景がよく見えてきた。9時頃に駅の前を通ると、年配者がいっぱい。
皆少々腰が屈んでいるけれど、リュックを背負って、とても元気がよい。どこかに歩きに行くらしいけれど、今腰痛を抱えている私としては、すこし妬ましい気がした。踏切を渡って反対方向の改札口の前にも、何人かのリュックを背負った別のグループがいて、どうやら都心に向かう人と、横浜方面にいく一団があるらしい。
この町は今まで地域の交流はあまりないと思っていたのはどうやら私の偏見だったらしい。整骨院に行っても、待っている人たちの中で、昨日はどうも、楽しかったわね、などという会話が飛び交っている。なんだか温かみを感じて、とてもいい。
それに触発されたわけでもないけれど、そうそう、九品仏の紅葉が盛りの頃だ、と思いだして、すこし時期的には早いけれど今月分の地代を払いに行くことにした。ミノを呼びだして、お寺の参道の入り口で落ち合う。
紅葉を見てから、駅の近くのイタリアンで軽く食事をして、デイホームの前でミノと別れて本日のお仕事にいく。
今日もたくさんの手紙やら電話を頂く。旦那のお友達からの手紙は格別情愛が深く、とても嬉しいメッセージばかり。
夕方近くイッツコムからデジタル契約の変更の手続きに来た。ケーブルテレビは最近あまり見ないので、どうしようかなと思っていたけれど、流れ作業で書類が出来てしまった。まあ、たいした問題ではない。
夕方になって渡邊さんから、淡い白とピンクのきれいなシクラメンが届いたので、早速リビングに飾った。
8日(火)おとといメールでお約束した小学校時代の友達のミワコさんが来て下さるというので、キノコご飯を炊くことにした。
肉は食べないという彼女なので、今日はお魚デー。
働き者の彼女は、只さえ掃除嫌いでそのうえ今、体のあちこちが痛い私を見かねて、エプロン持参でご到来。
リビングの巨大ガラス窓をじゃんじゃんと水をかけて洗い、ピカピカに磨き上げてくださった。
持つべきものは……「ミワコサン」という感じ。私もぐだぐだしてはいられず気分が昂揚して、この間から気になっていた天井から床まで吊ってあるレースのカーテンを洗うことにした。
なんだか嬉しい気持ちになったので、彼女がお帰りになるのを駅まで送って、花屋さんに寄ってシクラメンとポインセチアの小さな鉢を買った。
今日もあちこちから電話を頂く。高校の友達のマサコさんから明後日胡蝶蘭をお届けしますとの電話があって、その直後、旦那のまたいとこのレイコさんからお悔やみの電話を頂いた。そして岡山のフジエダさんから……皆様夫の死を悔やんでくださる言葉が身にしみた。
夜になって明日のユトリーバのために、リビングに12個の椅子を運び込み、ピアノの上をクリスマスカラーで飾ったら、家の中がぱっと明るくなった。
9日(水)89回目のユトリーバ。ほんとうは今日が90回目なのだけれど、旦那の葬儀の時期と重なってしまい、1回抜けてしまった。でもここまで続けてこられたのは、彼の協力のお蔭だと思うと、あらためて大きな人だったな、と思う。
今月は11人のお客様で賑わった。思いつきで作った豆乳の茶碗蒸しが大好評で鼻高々。
先月ちらりと口走った私の誕生日を覚えていて下さった方があって、ワインで祝って頂いたのがすっごく嬉しかった。
ちなみにわたくしめ本日をもって77歳となる。でも気持ちは20代!というのはちょっぴり後ろめたいけど……。
皆で盛り上がっているところに、広島のヨシコさんから電話。音大時代の同級生の彼女も、この数年不幸続きで、いまは一人になってしまった。でも頑張っているようなので少しほっとした。
昨日電話を頂いたレイコさんから、とらやの羊羹のお供えが届き、続いて、夫の会社からお香典が届いた。
昨日飾ったシクラメンも満開で、旦那の写真の前は大盛況。
10日(木)海に行こう、海が見たい、そう思ったら矢も楯もたまらなくなった。近頃的中率が高くなった天気予報も、今日だけが晴れ、と報じている。雲ひとつない空を見上げて即決したら心はもはや湘南の海。
整骨院から帰って10時過ぎには家をでた。今日は前回と違って、何もかもがうまくいき、茅ヶ崎までの乗り継ぎもまったく待ち時間がなかったために、お昼にはもう、ともさんのお宅に到着した。勿論第一目的のチーズとフランスパンも、しっかりと焼きたてを確保してある。
今日は何としても海岸に行きたかったので、お昼を頂いてからともさんと徒歩5分の水際に出た。
久し振りで砂に座って靴下を脱ぎ、のんびりと体のしこりをほぐす。海を見ただけで硬くなった関節がふわっとゆるんだような気持ちを味わって、精神が弛緩した。
今日マサコさんから、素晴らしい純白の胡蝶蘭の鉢が届いた。あまり大きくて飾るところに迷ってしまい、階段の曲がり角に置いたら、そこだけが白く浮き上がって美しい。
お礼の電話をかけているところに、キャッチフォンで、国鉄勤務時代に旦那の助手を務めていらした方からお悔やみの電話。
「毎年今年こそはお会いしたいと思っていたんです」、とくぐもった声でおっしゃるのを聞いて、そういえば旦那もお会いしたいと言っていたのを思い出した。歳をとったら思うことは実行しないと、後悔が残る。
11日(金)気温ががくんと落ちて、肌身にしみる寒い一日となる。今日の雨は根性が座っている感じで、とことん降ってやるぞという意思を見せている。だからこちらもそんな意地悪っぽい雨は無視して、用事を片づけて行く。
3か所の銀行に行ったけれど、3軒めの東京三菱では、記帳を機械が受け付けない。仕方なく窓口にいって散々待たされ、帰りになったら、入口の機械にセットした傘がどうしても取れず、案内係りのおじさんがスペアキーを持ってきて、傘か機械のどちらが先に壊れるかと思うほど手間取った。結局は傘の勝ち。今日はこの銀行と相性が悪いみたい。
一日中誰も来ないので、夜になってなんだか口が乾いてしまった。退屈なので旦那がこよなく愛していたウイーンミュージックの楽譜を引っ張り出して、ピアノを1時間ばかり弾いた。でもなんだか悲しい気分。
深みにはまらないうちに慌ててピアノの蓋を閉じた。
9時ごろなんだか顔がほてるので、旦那の血圧計を引っ張り出して測ってみたら、150以上あってびっくり。
12日(土)昨日の寒さが一転して、今日は17℃だという。でも家の中は冷え込んでいて、ウールのマフラーを首に巻きっぱなし。
前から2階のガラス窓の余りの汚れっぷりが気になっていたけれど、ふと思いついて、この間100円ショップで買ってきたバスタブ用のスポンジの柄を思い切り伸ばして、バケツに水を張った中で濡らしながらアクロバット状態で拭いたら、あっという間にきれいになった。これからは億劫がらずにこの窓を拭くことができると思うと、なんだか嬉しい。
でも掃除に関しては、3日どころか、1日坊主なので、我ながらあまりあてにはできない。
夕方になって、今朝近くの電気屋さんに頼んでおいた天井の蛍光灯を取り換えに来てくれた。
2部屋取り替えるだけで4,160円は馬鹿らしいと思ったけれど、高い所に手が伸ばせないので仕方がない。
こんなとき「〜おと〜さ〜〜ん〜」と呼びたくなる。器用な人だったなぁ。
夜になって今日届いた書留2通と花カードのお礼の電話をかける。そのうちの一つは、まだ1回もお会いしたことがない旦那の遠い親戚の方。伊万里からのお悔やみ状を頂いた。年賀状だけのお付き合いなのに長話となる。
お友達からの花カードは、ネットで調べたら、近くにある私の大好きなセンスのいい花屋さんで使えることが分かって嬉しい。
早速、と思ったけれど、今わが家には飾りきれないほどの花が溢れている。
お正月はしないけれど、1月は花で家の中を埋め尽くしてしまおう。
13日(日)整骨院がやるインボディ測定の日。場所は旦那が入院していた駅前の病院のロビー。
入院していた時のことを思い出したくないので、ちょっぴり気が進まなかったけれど、今後の自分のためと決断して出かけていく。結果はまあまあだけれど、ひとつ胸を張りたくなる項目は、「骨密度20歳!」わ〜い万歳!
足の筋力が衰えているのは、昨今の膝の痛みによる当然の結果と、気にしないことにした。
帰ってから、旦那の仕事の長いお付き合いの方から電話で、軽金属構造協会の月刊誌に追悼文を載せるので、と詳細を聞かれたけれど、仕事のことはあまり家に持ち込まず、私もほとんど関心がなかったので、賞をとった年月日なんて聞かれても分からない。悪妻でして、と冷や汗たらたら。
今日一日、「眠い、寒い、めんどくさい」の三・三・七拍子の揃い踏み。浮き沈みの激しいこと!
それでも気を取り直して、夕方からサイドボード、食器棚、鏡をせっせと磨いた。

14日(月)一年以上振りでデイホームおさぼりの日。月曜日はいつも休まずにせっせと行っていたけれど、今日は忘年会で、コーラスはしないという。
「何をするの?」と聞いたら、「お茶汲み」だというので、それならば私一人がさぼってもいいだろうとの自己判断をつけた。
生来の融通のなさで、かなり損してるものな、この辺で少し手を抜くことを考えることにしよう、と路線変更。たったの1時間のことだけれども、行かないで済むと思ったらゆとり、ゆったり。
明日の「トド連」ご訪問のために、一日かけてビーフシチューを作る。今週は3組のお客様があるので、それぞれに献立を考えるという楽しみがある。明日が晴れたらいいな。
15日(火)幸せなことに素敵なお友達がたくさんいるけれど、そのなかでも「とどの会」は40年のキャリアがある。
その間たったの一回も仲たがいしたことがないという、5人組は私にとっての宝のひとつ。
今日は久しぶりに4人のお仲間がわが家を訪ねてくださった。今日の献立はイタリアン路線で纏める。
ビーフシチューのほかに、ポルチーニと帆立のパスタ、海老のコキールなどなど、旦那の介護から解放されて以来の「真面目クッキング」に取り組む。
段々と活力が戻ってきて、この分では第3の人生のスタートも真近い。頑張らなきゃ!
旦那のお友達のシノダさんからお手紙が届く。やさしく温かい文面に溢れていて、ふっと熱くなった。
16日(水)今年のわが家はどうやら「壊れ年」。まず壊れたのが大黒柱の夫だった。それから私の頸椎が支障をきたし、テレビ、冷蔵庫、クーラーなど…。
夫が姿を消してからもそれは連綿と続いた。先週は突如給湯器が水になり、今年もあと2週間という大詰めになって、昨日決定的に来たダメージがなんと、まだ買ってから2年に満たないパソコン!
とにかく直さないことには、とヤマダ電機に持ち込んだけれど、暮れということもあって、今年いっぱい修理にかかり、しかも液晶交換で5万円位掛かるという。まあ、これだけ厄払いしたら来年は良い年になると信じることにしよう。
17日(木)本日モテモテの日。小学校の同級生の「オトコのコ」2人がお悔やみの名目といって来訪。
「オトコのコ」大好きな私メとしては、精いっぱいのおもてなしをする……といっても、特上の握り鮨の出前をとっただけ。あとは思いつくままにちまちまと小皿を並べる。
話題は必然的にカラダのことと、跡取りの問題に集中。男の立場から見た人生観を私はふんふん、ほうほう、と唯感心するばかりだった。
それにしてもオトコって甘ったれ。でも女に最期を看取ってもらうのを当たり前と思っているところが、女性本能をくすぐらせるなあ。
18日(金)今年はもう退屈な時間を残すのみ、と思っていたのに、嬉しいことにマチ子さんが突然のご訪問。
5日前から手を加えながら保存していたカレーを食べて頂き、これも頂いたまま封を切っていないおまんじゅうと帯を3本持って帰っていただき、こちらはすっきりと片付いた気分。
午後CATVがブースターを交換に来る。アナログ契約をデジタル契約に変更したのだけれど、帰った後リモコン操作が分からない。楽しみにしていたハイビジョンが出ないので、がっかり。
一度良くなった肩がまた痛む。今度は両肩にきた。
なにも無理なことしてないのになあ。さぼりすぎかしら。
19日(土)このところ朝目が覚めて時計を見ると、なぜか必ず7時35分。2階のカーテンを開くと、嬉々とした朝の光に包まれて、下に降りるのがもったいなく、1時間ばかりテレビをつけて体操をしたりしながら時間を過ごすのが日課になった。
今日はリサイクルの日なので、溜まった段ボール、新聞紙と一緒に、旦那の本のどうでもよさそうなものをピックアップして、30冊ぐらい出した。私ってつくづく冷たい血が流れているみたい。
20日(日)ずっと前から、学校時代ブラスバンドをやっていた人たちが卒業してから楽器を手離してしまうなら、もったいないことと思っていた。
昔と違って今はプロ級のテクニックを持った人たちが多い。今日のテレビ番組を見て、目からうろこの感を味わった。とくにヨコハマのママさんブラスは、子育て中の人、妊娠中の人から、白髪の人まで、皆目が輝いている。
つくづく羨ましいと思うとともに、私もささやかながら音楽を活かすことのできる環境に身を置いている幸せを痛感した。
お昼、私の一番若いオトモダチ3人が来てくださる。
3年前一緒にネパールに行ってくださった一流企業のバレーボールの選手たち。今日1日私は目いっぱい若者のエッセンスを吸収させていただいた。こういう日ばかりが続くといいな。
先週の金曜日にブースターを交換してからどうしても出せなかった、ハイビジョンの出しかたを教えてもらって、二重にラッキーでありんした。原因は工事の人のチェックの入れ方のミスだった。

21日(月)昨夜電話で連絡のあった植木屋さんがやっと来てくれた。お隣から紹介していただいて、初めて頼んだ人。
流石プロで若いのに仕事が丁寧で早い。夜になって庭に下りてみたら、ちりひとつ落ちていない。
今日はデイホームで、体操を主催しているS♂さんに久しぶりで会った。挨拶をしたらぽかんとして人の顔を見ている。しばらくして、「余り若返って見違えて分からなかった」と嬉しいお言葉。
旦那が亡くなって4か月で若返ったと言われては、立つ瀬がないというもの。でも、ちょっぴり反り返りたい気分だった。でも、今の私では反り返り過ぎたら、ひっくり返る。
折角いくら褒められても、今日は足が痛いんだわ。
片づけものに張り切って、2階の階段の往復をやり過ぎたみたい。
22日(火)雨戸を開けたら空がいつもより大きく見える。植木屋さんが金木犀の枝をさっぱりと落としてくくれたからだと気がついた。
足元のもじゃもじゃと煩かった草もなめたように撤去されている。はっと気がついてサンダルをつっかけて庭に下りてみたら、白すみれ、えびね、クリスマスローズは残してありほっとしたけれど、いとおしんで育ててきた八重のドクダミは跡形もない。
あ〜あ言っときゃよかった!でも自分の目だけで見ていた価値観も、案外取るに足らないものだったのかも…と思いなおした。思考の転換の早いのも私の長所?
23日(水)例年大晦日にやる、すきやきパーティは今年初めて、当然のことながら夫抜きとなる。そこで今回は少し日を早めて、ミノ夫妻も呼んで…ということになった。私にとっては何か月ぶりかでの賑やかな食事となる。
朝からテレビが皇室関係の番組を組んでいると思ったら、今日は天皇誕生日だった。私たちの世代にとっては、天皇誕生日は4月29日のほうが馴染みやすい。
夜になって最終便でマチ子さんから今冬3回目の柚子が送られてきたけれど、遊び疲れてしまって、一日遅れの冬至柚子湯はまた一日遅れで、明日のお楽しみとなった。
24日(木)なんだかやたらと眠い。ゆうべは夢もみずにぐっすりと寝たのに……。今日はそう気温は低くないようだけれど、リビングの寝椅子でゴムの湯たんぽを抱えてテレビをつけっぱなしにして寝転んでいたら、しっかりと昼寝をしてしまった。
そんな自堕落な一日を送ったので、食欲不振。お昼に食べた麦とろがしっかりと胃袋に滞留している感じで、夜はホットケーキ、蓮根、長いもを焼いて、無理やり食べた。
そろそろ体重がリバウンドしてきている兆しがみられるので要注意なのだ。
25日(金)朝粗大ごみ8点を出す。2階の四畳半を仏間にするためだけれど、それだけ出してもまだ山のように不要なものがある。私一人ではどうにもならないので、ノリコ夫妻が活躍してくれて、本当に助かった。
あまり家に籠っているのも良くないと思い、坂を下りて行ったら、街はクリスマスでキラキラと賑わっていた。
夜になってキミコさんから大きな百合の束が届いた。
全部が蕾だけれど、どうやらすかしてみると、ピンク、黄と白らしい。
開くのが楽しみだけれど、部屋が暖かいので、お正月まで持つかが心配。
26日(土)今にも降り出しそうなどんよりとした朝。思わず寝過ごしたのは空のせいばかりではない。
昨夜は何故か眠りが浅く、何度も目を覚ましてしまったかららしい。
紙のリサイクルの日なので、段ボールの束と旦那の古い専門書を6冊捨てた。
もう茶褐色と化した本は、神保町あたりへ持ち込めば買い取ってくれるのかもしれないけれど、こんな重いものを運ぶ元気はもうない。パソコンの修理に時間がかかると連絡があり、ちょっとがっかりしたけれど、この際パソコンから離れてほかのことに時間を使うのも悪くない、と考えなおした。
今日は朝から世界のオーケストラ、N響の第九、ヨーロッパの水紀行、中国の歴史と立て続けにテレビが面白くて、一日が暮れた。
27日(日)朝からバーデンバーデン祝祭劇場のオペラガラコンサートを堪能する。
それぞれの音域の4人の歌手の歌は素晴らしくて、聴いているうちに、元気が出てくる感じ。
旦那が居なくなって、少し気持ちが落ち込む日もあるけれど、こんな楽しい時間がもてるのも生きているからこそ、と思うと、ぐだぐだしてはいられない。
午後パソコンが直ったとの連絡があり、どうしても正月明けの10日ごろでないと出来ないと言った昨日の言葉は何だったの?
約束では年末引き渡しということだったので、「約束が違うじゃない?」と言った一言が効いたのかしら。
しかももうお店のほうに運んであります、というから、あっという間に直しちゃったのだ。つまり、やりゃあ出来るということ。

28日(月)朝、今年最後の整骨院に行く。流石年末ということで、かなり混んでいてたっぷりと時間を取られた。
大急ぎで帰り、ウィーン国立オペラの「フィガロの結婚」を途中から観た。大急ぎでお昼を食べて、大急ぎでデイホームに行く。始まりまで少し時間があったので、日だまりでお喋りの輪に加わっていたら、せっかく来ているんだから早くやって、と声がかかる。皆様お元気だこと。
帰り道自由が丘の街を突っ切って、緑が丘のヤマダ電機にパソコンを取りに行く。買ってから2年足らずで液晶交換で5万円もかかって馬鹿みたい。息子は修理するなんてばからしい、買ったほうがましというけれど、ゴミが増えるじゃないのよ。
29日(火)年末休みに入って、朝整骨院に行くこともなく、ベッドでテレビを見ていたら、下で雨戸をあける音。
誰かな?と思いながら面倒なので降りて行かない。
今朝のウィーンオペラは、チャイコフスキーの「スペードの女王」で、めったに見られないので面白かった。今日は暗くなるまでハイビジョンの「世界で一番紀行」を見る。最高に面白かった。
中国の世界で一番長生きの村では、123歳のおばあさんが20人以上の家族を取り仕切っている。
喪中の年末って悪くない、とふっと思った。
30日(水)午前中今日もウィーンオペラ。今日の出し物はリヒアルト・シュトラウスの「ばらの騎士」。私の好きなメロディが一杯詰まっている曲だ。
だから午前中は全く仕事に手がつかないけれど、これを予測して昨夜のうちに台所の収納をきれいにしたので、空き瓶10個以上を今年最後のリサイクルに出す。午後美容院で1か月振りにオンナにかえる。
子供たちに誘われて、久々に木畑亭に行き、暫定的オトコやもめのミノも呼び出す。
このところ食欲不振だったにもかかわらず子牛を食べて、今年1年の仕上げとする。
31日(水)私にとっては生涯で1回(もう結婚するなんて可能性はないから)の、連れ合いとの別れという試練の年が終わる。10歳の年の差があった夫婦なので、いつかは私が経験することと、気がつかないままにずっと潜在意識を持ち続けていたらしい。なんだかほっとしたのは、ずっと昔親との別れの時にも味わった気持ちだと思いだした。
来年はきっと旦那が守ってくれて、よい年になることだろう、と思っている。
喪中ということで中途半端な気持ちのまま迎えた大晦日だけれど、夕方になって、やっとおみこしをあげ、スーパーに形ばかりのおせち料理を買いに行った。今日は紅白もK1も見ない。ずっとずっと、「ノダメカンタービレ」のアニメを見て年が暮れた。
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